毒親に育てられると、大人になってからも親の影が付き纏うように、しがらみから逃れられない感覚に支配されます。
だとするとあなたはずいぶんと損をして生きているかもしれません。
良い親と毒親は傍目には違いがないように見えるので、子どものあなたさえもわからなくなるでしょう。
仮に自分の親が「毒親かも…」と思ったとしても、育ててくれた親に対する良心の呵責で、その考えを打ち消してしまうかもしれません。
でも現実に何が起こっていたのか、しっかりと見据えて辛かった日々を取り戻すことは可能なのです。
毒親への対策は「自分の親は毒親だ」と認めることから
毒親、アダルトチルドレン、HSPという言葉は困難さを表す言葉として社会に浸透していますが、学術用語でも診断名でもないので病院に行っても薬や治療方法があるわけではありません。
また、毒という言葉からのインパクトが強すぎるのか、自分の親がそうであったとしても子どもの立場ではなかなか事実を受け入れられないようです。
以前に、たくさんのクライエントさんたちが集まっての宿泊研修に参加したことがありますが、大多数の人が「自分の親は毒親だ」と認めることが難しく、「親はいいところもあった。ああするより致し方なかったのだ」と擁護する姿があったのです。
なぜ「毒親だ」と認める必要があるの?
いいところもあったと思うのならそれでいいでしょう?と感じられるかもしれませんが、ではなぜご自身の親が毒親だと認める必要があるのでしょうか?
子どもは自分の親が良い人かどうかには関係なく、無意識的に親に愛されようとするものですし、自分の親は世界一だと思いたい気持ちも働きます。
大好きな親が自分に酷い事をするわけがない。だから、もし酷い事をされたとしたらそれは、自分が悪い子だからだと、思い込むことで自分の中の整合性を保ちます。
そうやって、何年も経過するうちに自己評価はどんどん低くなり、自尊感情も保てなくなり、自分にさえも信頼が持てなくなっていくのです。
落とし所は「親のやった行為」は間違っていたと考えること
あなた自身が
「親にされたことは辛いことだった。
そんなふうに扱って欲しくなかった。
やめて欲しかった。」
と自分の感情にアクセスできる位置に立つことでやっと、今抱えている日々の困難さの回復へのスタートが切れるのです。
そのために、自分の親は毒親だったと自覚できることが必要になるのです。
とはいえ、親を悪く言うことには誰もが抵抗がありますね。
親不孝は日本では悪者扱いです。
その道徳観は持ったままで
「親のやった行為は正しくなかった、間違っていた、だから私は傷ついた」
と思うことができれば、落とし所としては毒親とのレッテルを貼るよりは受け入れやすいかもしれません。
自分自身に生きる喜びを知るために
極端な虐待をする場合を除いて、ほとんどの毒親は教育熱心であったり、子ども思いのように見え、周りにもそのように映ります。
そのため、あなたが周囲に苦しみを訴えたとしても
「あんな良い親に対してひどいことを言う子」
と思われてしまい、二重に苦しみを背負うことになりがちです。
毒親に育てられた人の心の傷はなんらかの形で親子間連鎖をすると言われていますので、気がついた代の人が修復することをお勧めします。
あなたが自分自身の感情にアクセスできて、自分自身に生きる喜びを知っていただけますように。
問題が解決しない方は 銀座カウンセリングルーム こころね工房へどうぞ。お待ちしています。